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お役立ち医療コラム

いまを生きぬくメンタルケア
第25回 定年後うつ

更新日:2018年6月20日

山田和夫
東洋英和女学院大学 人間科学部教授
横浜尾上町クリニック 院長

山田 和夫 先生

「定年って生前葬だな」というキャッチコピーがついた『終わった人』という映画があります。定年後「やることがない」男性を取り巻くヒューマンコメディなのですが、この映画で舘ひろし演じる主人公の男性が、妻からはめんどくさがられ、孤独を深めていく様は、今回のコラムで紹介する佐藤さんととても似ています。映画を観る予定の方もそうではない方も、今回のコラムを読んで、「定年後うつ」について考えてみてください。

定年後の変化についていけない


ほぼ毎日、同じ時間に起きて同じ電車に揺られて会社に通っている人は多いことと思います。定年を境に、このような生活から解放され、のびのびと自由な時間を満喫できるとよいのですが、自由な時間を手に入れたことで、うつ病を発症する人も少なくありません。
私のクリニックにいらっしゃった佐藤さん(仮名)は、大学卒業後入社した会社を定年まで勤め上げた実直な人です。
30歳で結婚し、二人の子どもにも恵まれましたが、45歳で都内にマンションを購入した直後に札幌支店への転勤を命じられ、その後定年まで単身赴任となりました。
単身赴任の生活は家庭が二つあるのですから、いろいろと物入りです。佐藤さんは、同僚と飲みに行くことなどもあまりせず、自炊を心がけ、家族のためにと働いてきたといいます。
しかしながら、生活を別にしてきた15年の間に、成長した子どもたちはすでに独立しており、妻は自分のペースで生活を楽しんでいました。


妻から相手にされない


これまで子どもとのんびり生活してきた妻にとって、単身赴任先から戻った佐藤さんは、家族というより、たまに来る親戚のように映りました。したがって、夫は気を遣う対象でしかありませんでした。
佐藤さんが家に戻ってからも、妻は趣味の会合に出かけたり、友人とランチに行ったりと、これまでのライフスタイルを変更しなかったため、家には佐藤さん一人が取り残されることになりました。
家に一人残された佐藤さんは孤独感を募らせていきました。
これまで、仕事一辺倒の真面目人間だった佐藤さんは、とくに趣味もありませんでしたから、やることといえば、テレビを観ることくらい……。
妻に「どこか旅行に行かないか」と誘ってみても、「いまさら」と苦笑いされてしまいました。
佐藤さんは「自分の人生は何だったのか」と考え込むことが増えていき、そのうち、食欲が低下し、体重も6kgほど落ちてしまいました。さらに、何をするのもおっくうになり、入浴もせず、ベッドで一日過ごすようになっていきます。
妻からは「あなた、臭いわ、加齢臭かしらね」といわれ、ますます嫌がられるようになっていったといいます。

これは典型的な定年退職後孤独うつ病です。
これまで定年後に発症するうつ病は、燃え尽き症候群のように、責任や重責から解放されたことでガクッと力が抜けたかのようにうつになるケースが多かったのですが、最近は「自分は社会に必要のない人間なのではないか」とネガティブになって発症するケースが目立っています。家族間でのコミュニケーションがうまくいかないこともうつ病を発症するきっかけになります。

定年前から自立のススメ


さすがに落ち込み具合が甚だしいと感じた佐藤さんは、当クリニックを受診しました。佐藤さんに対しては、まず薬による治療を行いました。
ある程度うつ状態が改善した後、現在は「夫婦カウンセリング」を受けてもらっています。カウンセリングでは、まず佐藤さんに退職後の気持ちを率直に語ってもらいました。次に、妻側からも率直な気持ちを語っていただきました。私は医師として、思い違いのある部分を修正し、互いに歩み寄れるところを提案していきます。第三者を介することで、感情的にならずに穏やかに話を進めることができ、お互いの思いを述べ合うため、密度の濃いコミュニケーションをとることもできます。夫婦カウンセリングを、くりかえし行うことで、誤解や感情の行き違いが解消され、理解しあえるようになるのです。

佐藤さん夫婦は、最近では、一緒に食事に出かけたり、買い物に行ったりしています。佐藤さんの孤独も徐々に和らぎ、うつ病も寛解しました。ようやく退職後の第二の人生を歩み始めたということになります。

この佐藤さんの体験から考えていただきたいのは、定年後訪れる変化に対応するためには、事前の準備が重要だということです。
これまで興味はあったが、時間がないためにできなかったことなどを思い浮かべてみてください。定年後、それらにチャレンジしてみるのはいかがでしょうか。趣味や勉強、これまでとは違った業界での仕事(アルバイトなど)、ボランティアなど、いまから情報を収集しておくとよいですね。
夫婦一緒にできる趣味もいいですが、個人の時間を楽しめるものがよいでしょう。趣味を通して新しい人間関係を築いていくことで世界が広がります。
夫婦がそれぞれ生き生きと暮らしていれば、自然と接点は生まれてくるものです。

人生100年時代ともいわれています。定年はゴールではなく、まだ途上、もしくは再スタートと考えてよいのではないでしょうか。

山田和夫先生プロフィール

医学博士・精神科専門医・精神保健指定医
昭和56年横浜市立大学医学部医学科卒業。昭和62年同大学医学部神経科医局長、平成元年研水会平塚病院副院長、平成10年横浜市立大学医学部附属病院浦舟病院神経科部長、平成12年同大学医学部附属市民総合医療センター精神医療センター部長(助教授)を歴任ののち、平成15年和楽会横浜クリニック院長に就任。平成25年5月に横浜尾上町クリニックを開院。
また、平成14年より東洋英和女学院大学人間科学部の教授を務めている。
日本不安障害学会理事、日本うつ病学会監事、日本総合病院精神医学会評議員等を歴任。
主な著書に『現代精神医学事典』(共著)、『誰もがかかる心の風邪「うつ」の最新治療情報』、『精神科医からのメッセージ 不安・うつは必ず治る』など多数


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2018年2月26日
りょう さん

かんたん健康レッスンvoL.68「腸内温度に気をつけよう」は、普段の生活の中ではともすると見逃してしまう視点であり、私の生活習慣を見直すひとつの契機になりました。ありがとうございました。今後とも、このような新しい知見をわかりやすく教えてください。



2017年3月26日
りょう さん

 森田正馬は、自己の体験をもとに、神経症を精神の病でなく自己理解の誤りから生じていると喝破した。たとえば書痙は、文字を書こうとすると手が震えたり強直して書けなくなることで、神経症の一つとされているが、結婚式等の列席者名簿に改めて名前を書こうとするとき、緊張してうまく書けない経験は多かれ少なかれ誰しもあるだろう。普通はその違和感を忘れてしまうのだが、完璧を目指す神経質者はそれに拘り、あってはならないこと、なくそうなくそうとして返ってその違和感が固着する。もともと病ではないのだから、軽症の場合は、森田療法関連の本を読むだけで解決するケースも多く、私もその一人です。

2013年2月1日
まめるりは さん

こんにちは。いつも勉強させていただいています。

今回のさかい先生の「ヒートショック」は怖いなあと思いました。

実家のお風呂場がまさに危険な「窓あり」「タイルの床」で茶の間に比べて異常に低温ゾーンです。

リフォームするのは大げさですが、気温差がなくなるようにシャワーでお湯をためたりとするよう伝えたいと思います。

 

まめるりはさん

ご投稿ありがとうございます。

ヒートショック、怖いですよね。家の中の危険ゾーンを極力減らして、安全にお過ごしくださいませ。

(Health Scramble運営事務局)

2013年1月22日
小春 さん

うつ病について、知っているようで知らないことがいっぱいありました。

最近、意外と身近にうつ病で悩んでいた人がいることにびっくりしています。

みんな、少し良くなってから「実は」と教えてくれます。

もっと、つらいときに気づいてあげられたらと思います。

このコラムを読んで、うつ病について、勉強していきたいです。

2012年6月26日
ふく ちゃん

Drさかいの健康指南、これから楽しみです。

かかりつけのドクターの必要性は実感しています。

うちの親は気になる病気の症状は、家の近くのクリニックに行き、

紹介状をもらい、市民病院で検査しています。

これで、大きな病気が初期の段階で発見されました!

 

いきなり大きな病院に行くのは億劫らしく、かかりつけのドクターがいなかったら

病気も進行した段階で発見されたのではないかと思います。

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