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いまを生きぬくメンタルケア
第11回 躁とうつ、両極の力 詩人・宮沢賢治の場合

更新日:2014年6月18日

山田和夫
東洋英和女学院大学 人間科学部教授
横浜尾上町クリニック 院長

山田 和夫 先生

前回のコラムでは、心の闇を見つめながら真理を探究した哲学者の西田幾多郎の心の軌跡を山田先生から教えていただきました。今回は、双極性障害(躁うつ病)の特徴をその活動に見せる宮沢賢治の心に迫りたいと思います。宮沢賢治は詩や童話を書きながら、どのようにしたら寒冷地でも有益な農業ができるのかを思案し、農民を支援していました。その活動は、自らの人生の短さをあらかじめ悟っていたのではないかと思われるほど、駆け足でエネルギッシュです。賢治を突き動かした感情とは、どのようなものだったのでしょうか。山田先生にうかがいます。

宮沢賢治と双極性障害

近代日本を代表する詩人の一人に宮沢賢治がいますが、彼には双極性障害があったのではないかと考えられています。

まず、賢治の心に迫る前に、双極性障害とはどのような病気なのかをご紹介します。双極性障害は、気分が落ち込む抑うつ状態と、それとは正反対の躁状態が現れ、これらをくりかえします。以前は躁うつ病と呼ばれていましたが、現在は両極端な病状が起こるという意味で双極性障害と呼ばれています。双極性障害は、躁状態の程度によって2つに分類されます。激しい躁状態が起こるものを「双極I型障害」といい、それよりも軽度の躁状態が起こるものを「双極Ⅱ型障害」といいます。

双極性障害の治療もうつ病と同様で、早期に病気を発見し早期に治療することが大切です。近年、双極性障害に対する治療薬も揃ってきており、コントロールさえできれば、これまでと変わらない生活をおくることができます。うつ病は何度も再発させていくうちに死への誘惑に駆られる危険が増していきますが、その点においては双極性障害も同じで、周囲の人は自殺に対して十分な注意が必要となります。ほかに、この病気は躁状態のときに、感情や衝動のコントロールができなくなり、その結果、周囲との関係を壊してしまったり社会的信用を失ったりする危険があります。

一方で、躁とうつといった両極端な感情を往還することで、大きな揺れが生まれるからなのかは定かではありませんが、双極性障害がもたらす創造性の豊かさがしばしば話題になることがあります。事実、詩人のゲーテや小説家の夏目漱石なども双極性障害だったのではないかと推測している研究者も多くいます。宮沢賢治もこの系譜へと連なる一人でしょう。

双極性障害がもたらした壮大な発想

宮沢賢治は1896(明治29)年に岩手県花巻市に古着商も営む裕福な質屋の長男として生まれました。周囲のほとんどは農業で生計を立てている人ばかりでした。当時の岩手県は冷害による凶作にたびたび見舞われ、そのたびに実家の質屋に家財道具をもちこむ人々の姿を見ながら賢治は成長しました。これが賢治の贖罪意識や自己犠牲の精神を形成していく最初の体験になったと思われます。

1909(明治42)年に岩手県立盛岡中学に入学すると、賢治は野山を歩いて植物や鉱物の採集に熱中したといいます。その後、1915(大正4)年に盛岡高等農林学校、現在の岩手大学の農芸科学科へ主席で入学し、同校研究科を1920(大正9)年に卒業する際には、助教授のポストを用意されるほど優秀な成績を修めました。しかし、賢治は大学に残ることを断り、地質土壌肥料の研究技師として農業の技術指導に努めました。賢治は献身的に寒冷地における農業指導を行いましたが、これには幼い頃、凶作の度に実家の質屋にやってきた人たちの悲しい様子が目に残っていたからではないでしょうか。

このような農業指導を行うかたわら、童話や詩を綴っていました。「グスコーブドリの伝記」や「銀河鉄道の夜」などの作品の根底には自己犠牲が色濃くあります。しかし、そのような理念を観念として伝えるのではなく、夢幻の世界を構築して、そのなかでファンタジーとして作品化しました。

賢治の求めているものはとても広く深い慈愛に満ちたものでした。一方、そのような理想郷を求めるがゆえに充足されない、心の飢えのような部分も常にあったのではないでしょうか。このような心の飢えは、一人称の世界で収まるものではありませんでした。だから、賢治は作品のなかで、故郷の岩手を越え日本列島を越え、宇宙全体の幸せを求めていきました。

このような気宇壮大な発想と幻視力は、双極性障害の人に生じやすい特質です。双極性障害の人は、いろいろな夢をもったり、理想を追い求めてみたりと情熱的で行動的になることがしばしばあります。なかには、際限なく広がってゆく自らの夢に押し潰されてしまう人も少なくないのですが、賢治には、そのような分裂や疲弊のあとはみられませんでした。彼は文学者として芸術の分野でも、農業技術者・地学者として科学の分野でも、さらには宗教の分野においても表現と思索、行動を深めることにエネルギーを注ぎます。

これらの活動は、自己の利益や栄誉のためではなく、純粋に人類全体の幸福の実現に向けて実践し続けました。その多彩な才能は神業のような行為で発揮されますが、双極性障害の人は、ときとして自ら神に近い崇高な存在になることがあるのです。

肉親の死を昇華させた「永訣の朝」

賢治が妹トシの臨終の場面を綴った詩「永訣の朝」をお読みになったことはありますか。最愛の妹を失おうとしている瞬間の賢治の心情が切々と述べられてゆくなか、トシの発した言葉として(あまゆじとてちてけんじや)という方言が挿入されています。これは「あめゆきを取ってきてください」という意味なのですが、ここには死の間際に真っ白な雪を所望するトシの清廉な精神が表現されています。さらに、詩の言葉は「銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいのそらからおちた雪のさいごのひとわんを……」と続き、雪という気象現象を通して賢治の思いは銀河系までつながってゆくのです。

「永訣の朝」には、妹の死に際して、決然と死を受容する感性的な表現が結晶しています。一編のなかで、うつと躁との間で大きな感情のうねりがつくりだされ、生き生きと吹き込まれています。妹トシの死を深く悲しんでいるのですが、そこにとどまらず、天上から光が差してくるかのような再生をも感じられます。

賢治は岩手を「イーハトーヴ」と名づけ、ここを宇宙的メルヘンの基地として作品世界を構築しました。「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」という賢治の夢は、後世の人々に残された宿題です。賢治のなかで往還した躁とうつの軌跡は、人類の心の遺産と呼んでよいものだと考えます。

山田和夫先生プロフィール

医学博士・精神科専門医・精神保健福祉指定医
昭和56年横浜市立大学医学部医学科卒業。昭和62年同大学医学部神経科医局長、平成元年研水会平塚病院副院長、平成10年横浜市立大学医学部附属病院浦舟病院神経科部長、平成12年同大学医学部附属市民総合医療センター精神医療センター部長(助教授)を歴任ののち、平成15年和楽会横浜クリニック院長に就任。平成25年5月に横浜尾上町クリニックを開院。
また、平成14年より東洋英和女学院大学人間科学部の教授を務めている。
日本不安障害学会理事、日本うつ病学会監事、日本総合病院精神医学会評議員等を歴任。
主な著書に『現代精神医学事典』(共著)、『誰もがかかる心の風邪「うつ」の最新治療情報』、『精神科医からのメッセージ 不安・うつは必ず治る』など多数

【参考書籍】
『「うつ」の最新治療情報』山田和夫著(土屋書店/定価952円+税)
『デクノボーになりたい―私の宮沢賢治』山折哲雄著(小学館/定価1,600円+税)
『近代日本詩人選13 宮沢賢治』吉本隆明著(筑摩書房/定価2,097円+税)


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2018年2月26日
りょう さん

かんたん健康レッスンvoL.68「腸内温度に気をつけよう」は、普段の生活の中ではともすると見逃してしまう視点であり、私の生活習慣を見直すひとつの契機になりました。ありがとうございました。今後とも、このような新しい知見をわかりやすく教えてください。



2017年3月26日
りょう さん

 森田正馬は、自己の体験をもとに、神経症を精神の病でなく自己理解の誤りから生じていると喝破した。たとえば書痙は、文字を書こうとすると手が震えたり強直して書けなくなることで、神経症の一つとされているが、結婚式等の列席者名簿に改めて名前を書こうとするとき、緊張してうまく書けない経験は多かれ少なかれ誰しもあるだろう。普通はその違和感を忘れてしまうのだが、完璧を目指す神経質者はそれに拘り、あってはならないこと、なくそうなくそうとして返ってその違和感が固着する。もともと病ではないのだから、軽症の場合は、森田療法関連の本を読むだけで解決するケースも多く、私もその一人です。

2013年2月1日
まめるりは さん

こんにちは。いつも勉強させていただいています。

今回のさかい先生の「ヒートショック」は怖いなあと思いました。

実家のお風呂場がまさに危険な「窓あり」「タイルの床」で茶の間に比べて異常に低温ゾーンです。

リフォームするのは大げさですが、気温差がなくなるようにシャワーでお湯をためたりとするよう伝えたいと思います。

 

まめるりはさん

ご投稿ありがとうございます。

ヒートショック、怖いですよね。家の中の危険ゾーンを極力減らして、安全にお過ごしくださいませ。

(Health Scramble運営事務局)

2013年1月22日
小春 さん

うつ病について、知っているようで知らないことがいっぱいありました。

最近、意外と身近にうつ病で悩んでいた人がいることにびっくりしています。

みんな、少し良くなってから「実は」と教えてくれます。

もっと、つらいときに気づいてあげられたらと思います。

このコラムを読んで、うつ病について、勉強していきたいです。

2012年6月26日
ふく ちゃん

Drさかいの健康指南、これから楽しみです。

かかりつけのドクターの必要性は実感しています。

うちの親は気になる病気の症状は、家の近くのクリニックに行き、

紹介状をもらい、市民病院で検査しています。

これで、大きな病気が初期の段階で発見されました!

 

いきなり大きな病院に行くのは億劫らしく、かかりつけのドクターがいなかったら

病気も進行した段階で発見されたのではないかと思います。

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