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令和と万葉集

2019年6月20日



平成が終わり令和となりました。ふだん仕事などでは西暦しか使わないという人も多いでしょうし、元号不要論などもときおり耳にしますが、近代以降の明治、大正、昭和、平成を考えても、それぞれにその時代の個性を表していたように思います。
さて、令和という時代がどのようになっていくのかはそこに生きる私たちの日々の思索、行動の積み重ねになるのでしょう。
「令和」という元号は、その典拠を日本初の和歌集『万葉集』としていますが、せっかくなので、ここでは令和と万葉集について考えてみましょう。

令和ということばの意味


「令和」という元号は『万葉集』巻五「梅花歌三十二首」の序の一部「于時初春月、気淑風(意味:折しも正月に美しい月がでている。気候も落ち着いていて風も和やかである)」からとったといわれています。
「梅花歌三十二首」は太宰府の長官であった大伴旅人が主催する「梅を観る会」の際に客と詠み交わした和歌です。
この一連の和歌をみると、「このたびは宴に出席してくれてありがとう」「梅の花の満開の下、気の置けないもの同士が集まるのっていいね」というのどかな内容のものなのですが、当代きっての歌人であり、中国語も堪能な大伴旅人の歌に関しては、別の意味があるのではないかと考える研究者もいます。
それは、今回注目を浴びている序にも隠されているそうです。令和の典拠となった序の部分は、古代中国の書家王義之の「蘭亭序」と、同じく中国の政治家で天文学者、文学者でもある張衡(ちょうこう)が詠んだ『帰田賦(きでんのふ)』を下敷きにしているのではないかと以前から指摘されています。
優れた書家として名を残している王義之は優れた文学者でもありました。「蘭亭序」の後半には、「人間はいつか死ぬ。そのような運命を背負わされた人は、共に終わりのある切ない人生を生きるものとして時代を超えても分かり合える。それは文芸の力が保証してくれるのだ」と書かれています。王義之は自分の死後も自分の思いを次世代の人々に受け止めてもらいたいと願ったのです。この部分まで踏まえて旅人は「梅花歌三十二首」の序を書いたのではないかといわれています。『万葉集』はまさしく1300年を経て、古(いにしえ)の人の愛や悲しみを知ることができます。そのことを考えると「令和」という時代は過去から地続きできたものであり、未来にも続くものと深く思い知ることができます。
もう一つの『帰田賦』では、政治家としての生活に見切りをつけた張衡が俗にまみれた政治の世界を嘆いています。
大伴旅人は権力闘争に巻き込まれて太宰府に左遷させられた人物ですので、中央政府をよく思っていなかったことはじゅうぶん推察されます。うーん、何やらいろいろと奥深いものがありそう……興味が尽きません。

「令和」は、海外では「美しい調和」と訳されているようですから、孤立する人がなく、相手の領域に踏み込みすぎもせず、緩やかな調和で満たされた時代になるといいですね。

『万葉集』おすすめの歌人


令和をきっかけに『万葉集』に興味をもたれた方もいらっしゃるでしょう。万葉集を読むとき、始めから順に読んでいくという方法もありますが、たぶんそれでは息切れをしてしまうのではないかと思います。
面白そうな部分を上手に拾い読みしてみてはいかがでしょうか。
おすすめなのが、「巻四」です。ここは相聞歌、いわゆる恋愛に関する和歌が集められています。
巻四には、先ほどの旅人の異母妹である大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)の歌があります。

来むといふも 来ぬ時あるを 来じといふを 来むとは待たじ 来じといふものを

これは、恋人が訪ねてこないことに対して拗ねている歌です。
現代語訳すると「来るといっても来ないときがあるのに、来ないといっているのだから私はもうあなたなんか待たない! だって来ないといっているんでしょう!!」となります。
恋人の不実をねちねちと同じような音を繰り返して怒っていますが、同じ言葉を繰り返してリズムを生んでいるあたり、かなり修辞に富んでいますし、表現者としては冷静です。『万葉集』の歌は素朴といわれていますが、実はこのようにウイットに富んだ洗練された歌がたくさん収められています。

ほかにも笠郎女(かさのいらつめ)という人は片思いの虚しさを次のように詠んでいます。

相思はぬ 人を思ふは 大寺の 餓鬼の後(しり)へに 額つくごとし

これを現代語訳すると、「相思相愛でもない人を愛するのは、大寺の餓鬼の後ろから額づいて拝んでいるようなものだ」となります。
餓鬼は本来崇拝の対象となるものではなく、行いが悪い人に対して戒めとしてあるものです。ですからいくら拝んでもご利益はありません。さらに、そんな餓鬼に対して正面ではなく後ろから拝むというのですから、よっぽど笠郎女の心はささくれだっていたのでしょう。
このやけっぱちぶりに現代的な気分があり、意思の強い女性像が見えてきます。いま、片思いで悩んでいる人が思いを吹っ切るきっかけになるかもしれない一首ですね。

このように、大昔の人の歌に込めた感情を読み取ることは、今を生きる私たちの感情も豊かにしてくれるのです。
ほかにも子を思う山上憶良や、ファンタジーのような伝説を題材に詠んだ高橋虫麻呂、万葉集きってのプロ歌人柿本人麻呂など魅力的な歌人がたくさんいます。あなたのお気に入りの一首をさがしてみてはいかがでしょうか。


【参考】
・「令和」から浮かび上がる大伴旅人のメッセージ 品田悦一
  (「短歌研究」2019年5月号)
・『万葉のいぶき』『万葉の人びと』犬養孝(新潮文庫)


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2018年4月20日
りょう さん

 写真家ヨシダナギさんについてのコラム、大変興味深く読ませていただきました。被写体を単に外側から撮るのではなく、自らも被写体と一体となって内側から撮る写真には、たぶん実相が映されているでしょう。是非、写真展を観にいこうと思います。ありがとうございました。

2016年6月29日
りょう さん

アドラー心理学が注目されているようですね。「嫌われる勇気」という言い回しが現代受けするからでしょう。その根底には、目的論があり、西洋は依然としてこの2項対立構造から脱していない。親鸞の「悪人正機説」を2項対立的に受け止めてはいけないように、「利己的な私は嫌われても仕方がない」という自覚が根底にないと、厚顔無恥な人間ばかりを生み出すように思われる。

2016年3月8日
事務局 さん

小春さん

こんにちは。

紹介した本にご興味をもっていただいてありがとうございます。

親子の間では、照れくさくて優しい言葉をかけにくいものですが、大きな病気をした人の気持ちを思いはかり、寄り添うことは大切なことですね。

また、本を読んだら、感想をお寄せください。


事務局

2016年3月8日
小春 さん

『親ががんになったときに読む本』もう少し早くに出版してほしかったです。

母ががんになったとき、医師とのパイプ役はがんばって務めたつもりですが、がんになった親の気持ちにまでは寄り添えなかったかもしれません。

反省を込めて、読んでみようと思います。

2014年3月4日
小春 さん

『イラクサ』というタイトルから、ひと癖もふた癖もありそうな小説ですね。

読んでみようと思います。

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